ゴキブリ健康論 〜添加物を気にしすぎる人ほど病気になる理由〜

サプリメント、スーパーフード、オーガニック料理・・・テレビでもしょっちゅう特集が組まれる「健康」の話題。誰もが関心をもつ、人類永遠のテーマともいえるだろう。
こうした健康に関する話題でよく好き勝手語られるのが「○○を食べれば健康になる」とか「○○を食べると病気(不健康)になる」というもの。

実は牛乳ってカラダに悪いらしいよ
ファストフードは食うな
そもそも肉食ったらアカン

水道水は飲んじゃだめ この浄水器が
いやいやコッチの水素水がさ・・・

一度くらいは聞いた事あるでしょ?でもこの手の情報はもはや玉石混交で、科学的根拠の疑わしいものもゴロゴロ溢れてる。いったい、何が本当なのだろう。

消費者を奪い合う企業の情報操作。

健康に関する話題はSNSや口コミでもシェアされやすく、それが商品の売上に大きく影響する。だからこそ、何のエビデンス(根拠)もない情報が企業のマーケティング戦略として利用され流布されているという背景があることを忘れないでほしい。

たとえば、誰でも一度は聞いたことがあるだろう、こんなキャッチコピー。

レタス○○個分の食物繊維!!!

うん。そもそも「レタスにどれだけ食物繊維があるのか」も知らないのに、何かスゴそうに聞こえちゃうでしょ??イッツ・言葉のマジック♪
調べてみると、レタスの食物繊維はそれほど多くないことが分かる。笑

『我こそは、食物繊維のキングなりッ!!!』ばりに聞こえるけど、レタスの食物繊維の含有量はキングどころかトップ10にすら入らない。口だけ番長、ハッタリ野郎なのだ。(ちなみに、一位はらっきょうだという。)

いや〜これまたズル賢いこっちゃッ!

まぁ、嘘はついてない・・・・・・・訳よ。勝手にカン違いしたユーザーが悪いという言い分なのだろう。

しかし、こうした企業のハッタリが公になりはじめたことで、「クッソーっ!!!よくも俺たちを騙しやがって〜!!」とムキになる健康陰謀論者を掻き立てた。そういう人たちが、利権構造や情報操作に対する過剰なまでの対抗意識から「アレは良い!これは悪い!」とSNSやブログで批評を繰り返すのだが、そもそもたいした知識もないので結果的には情報に踊らされるハメになっていることが多い。

コーヒーはカラダにいい?カラダに悪い?

少なくとも、世の中に出回っている情報というのは「誰かにとって都合よく切り取られた部分情報」である場合が多いということは分かってもらえただろうか。しかし、けっきょく何が真実か見極めるのは簡単なことじゃないよね。

たとえば「コーヒーを飲むとカラダに悪い」という実験結果も、「コーヒーは健康に良い効果がある」というデータも両方とも存在する。

THE・矛盾

この相反する2つの情報。それぞれにれっきとした実験記録があり、どちらも嘘ではなかったりするから不思議だよね。要は、ケースバイケース。見る角度を少し変えただけで、事実というものはたちまち入れ替わる、そんな匠みな情報トリックが隠れているのだ・・・

こっちから見れば正しかったことが、あっちからみれば不正解になることがある。健康に良いというデータだけを切り取って並べることもできるし、そういう「誰かにとって有利なデータ」を出すことを目的に行われる臨床実験すらある。
「科学的データ」なんて言われると、なんだかもっともらしく聞こえて、つい信用してしまうけど、けっこうイイ加減な言葉だよね。

プラシーボ効果 〜病は気から〜

また、人間は思い込むことによって、そのように影響される=プラシーボ効果というものがある。胃が痛い人に「はい、胃薬だよ。」と嘘をついて、ただの小麦粉(偽薬)を飲ませても、なぜか痛みが取れちゃったりするから不思議だ。こういうことが実際に起こるから、嘘の情報が本当に効果をもたらしてしまうこともあるし、逆にカラダに悪いと強く信じれば、その通りの悪影響が必要以上に作用する。

昔から「病は気から」なんて言われているが、こんな目には見えない要因にも私たちは左右されている事を見れば「あらゆる情報やデータ、または個人の体感や実体験すらも一面的な事実に過ぎない」ことがよく分かる。

では、どうすればいいのか?

当サイト”2039.jp”の結論を言ってしまえば「あんま気にすんなよ」ってことだ。

これはイイ加減に聞こえるかもしれないが、決して投げやりな態度で言ってるのではない。おそらく、その辺の健康マニアよりも健康に関する情報については調べているし、医学や人体についても徹底的に科学し踏まえた上での結論である。その理由をこれからお話していこうと思う。

 

まず注意してもらいたいのは、健康情報に固執するあまり食事の質にこだわり過ぎてしまうこと。たとえば添加物、化学調味料など「カラダに悪影響があるとされるものは摂取しないほうがいい」という考え方は一見もっともだが、こうした食意識が過剰に働くことで見落とされる問題点=盲点がある。これについて、まず考えてみよう。

食材のチョイスに(過剰に)意識を向ける人の5つの盲点。

①精神的ストレスを考慮していない。

もちろん、質の良い食材を選ぶこと自体が悪いわけではない。しかし「人体に悪影響があるものは1ミリグラムだって取りたくないッ!」とあまりに完璧主義になれば、摂取できるものは極めて限られてくる。街中のコンビニ、スーパーなどで売られている商品の裏面表記を見れば、添加物!添加物!添加物ッ!!のオンパレード。そんな「カラダに悪いと言われる謎の横文字」が並んでいるのを見るだけで食欲も失せてくるだろう。本来ならば、それが健康に影響のない微々たる量であったとしても、過敏に拒否反応を起こす人もいるかもしれない。
食事は毎日のことだからこそ、そこに費やされる時間の浪費はもちろん、外出先などでは必ずしも思い通りに運ばないことも多く、精神的ストレスも生じる。そして、このストレスこそがあらゆる万病の原因であることは今更説明の必要もないだろう。

②人体のデトックス機能を考慮していない。

何の成分が良い(or悪い)という情報ばかりが先行しやすいが、そもそもカラダには自浄作用というものがある。そう、体内に入ってきた有害物質をやっつけたり、取り除いてくれているのだ。これは別に当たり前の話なのだが、食材にこだわる人の多くがこの当たり前の事実「排出」の部分を浅く捉え過ぎていることが多い。

体に入ってくるものと出されるもの・・・「摂取=足し算」と「排出=引き算」が日々カラダの中で行われるのに対して、片側ばかり過剰に意識するのは偏った健康意識といえる。そもそも自分のカラダの引き算の幅(許容量)を知らなければ、そのバランスは計算しようもないだろう。

最近では「引き算」排出側のほうにフォーカスした、デトックス料理、断食やファスティングなども流行っている。もちろん多少の効果が出るケースはあるが、こうした方法論に依存し過ぎることはやはり健康的とは言えない。例えば「月に○回ファスティング(断食)」といったマイルールを掲げることは、そうしなければバランスが取れないカラダになってしまうということにも繋がる。そんな人は、もし仕事や付き合いなどの都合でそのルールが実践できない生活がしばらく続いただけで『最近、ファスティングやれてないからカラダに色々溜まってるんだろうなぁ。』なんて勝手に理由づけて思い込む。するととたんにカラダは重く感じ、体調も悪くなってしまうのだ。だからこそ、あまり特定の商品や方法論に依存せずとも自力で調整できるカラダを育てよう。

人体のデトックス機能を維持するには、高い健康食品など買わなくても、お白湯を飲むだけでも充分な効果があるので試してみてほしい。

③人間の環境適応力を多角的に考慮していない。

かつて、ダーウィンは言った。

強い者、頭の良い者が生き残るのではない。変化する者こそが生き残るのだ。

面白いニュースがあったで紹介しよう。なんと8年間フルーツしか食べなかった男がいるという。そんな超絶偏った食生活によってタンパク質が摂取できなかった彼のカラダには驚くべき変化が起きた。なんと空気中の窒素からタンパク質を生成する菌を体内に宿しはじめたのだ。これには、大学の研究者も驚愕したという。

このように人間は置かれた環境に適応して、その身を変化させていく力が備わっている。進化する力。であれば、害を排除することばかり考えるよりも、どのような環境に最適化したカラダを目指すべきかを考えることのほうが重要じゃないだろうか。

こんな話もある。ある毒クラゲを、全く外敵がいない湖に移したところ、毒を持たないクラゲに進化したというのだ。では、この進化した毒なしクラゲを、元いた外敵のいる場所に戻したらどうなるか・・・抵抗する力を失っているため、あっという間に捕食され絶滅するだろう。


同じように人間も、あまりカラダに優しくし過ぎると免疫や耐性が弱くなってしまったり、毒素を排出する機能が低下してしまうこともある。

例えば、毎日ずーーーーっと消化の良い食事をしていたら、消化する力そのものは衰えるのだ。添加物ゼロの食事を続ければ、そうした有害物質に対する抵抗力が弱い体になってしまう=引き算の幅が小さくなってしまうということ。そんなか弱いカラダで、もし知らずに有害物を食べてしまったらどうなるだろう?そう、慣れていないからこそ普通の人以上にダメージを受けてしまう。こうして環境適応能力がアダとなってしまうという側面もあるのだ。無菌状態で育った赤ちゃんが、アレルギーや病気がちになってしまうのも同じ理屈。「害となる可能性はできる限り排除したほうが良い!」という一方向的な健康オタクの合理的思考そのものが害悪となる。優しくするほど脆く育ってしまうというパラドックスの正体だ。逆に、カラダに一定の負荷を与えることで、その抵抗力が維持されるという面もある。

地球の科学がもっともっと良い方向に発展した未来で、クラゲの外敵がいない湖のように、人類も自然と添加物知らずのカラダとして適応していく日がくるかもしれない。我々2039.jpはそんなアナザフロンティアを目指しているし、それまでは毒をも喰らう覚悟だ。

④そもそも食事は栄養摂取だけが目的ではない。

『私は健康に気を遣っているのでファミレスには行きません。』と言うのも、個人の自由でしょ?と言えば、それまでかもしれない。ただ、そういう人にも考えてもらいたいのは、人間は栄養素や食事だけで作られるわけじゃないということ。他人との繋がりによって記憶は形成され、人生は彩られていく。そう、社会は自分一人だけで成り立っているわけじゃないという紛れもない事実がある。そして、食事というのは栄養の摂取だけでなく、そんな他者との関係性を構築する上でも大切な時間となる。

食事に気を遣うことは、いかにも真面目で努力家で健康意識が高いようにも感じられるが、人との関係性を構築するという点においてはそれがハンデになる場面も多々あるのが現実社会のリアルだ。多少の個人的こだわりは誰でもあるだろうが、過剰なまでに「食材>人間」にはならないようにバランスを持ってもらいたい。

⑤以上を踏まえた上での影響(バタフライエフェクト)を考慮していない。

また、こうした1つ1つの行動が他人に与える影響まで考えるべきだろう。そんなつもりはなくても、周りには意外と気を遣わせてしまっているもの。あまりにも「あれはダメ。これもダメ。」なんて言われたら、食事には誘いづらい人というレッテルを張らざるをえない。正直、付き合いにくい。

または、その影響を受けて相手まで浅はかなこだわりを持ちはじめることもあるかもしれない。

例えば、親が食への過剰なこだわりを持っていれば、それを幼い頃から見て育った子供は、無意識に刷り込まれマネをするようになるもの。「私はマクドナルドは絶対行かない。お母さんの背中を見てそう決めたわ。」なんて、頑なな主張をするカタブツに育ってしまったら、学校の帰り道に友達とマックで談笑する淡い想い出を奪うことになるかもしれない。そこで生まれるはずだった人との出逢い(キオク)よりも添加物回避は優先すべきことだったのだろうか。そこまで様々な影響を考えて食育を説いている人はほとんどいない。

何気ない行動がバタフライエフェクトの波を起こして、自分だけでなく他人にも大きな影響を与えている。こちらとしては善意のつもりの言動が、相手を傷つけてしまうこともある。大切なものを奪うこともある。こうした些細な歪みからくる人間関係の悪化こそが、もっとも大きな不健康の要因である。

関連記事:バタフライエフェクト効果 ~小さなことを大きく捉えると人生は好転する~

 

黒く光る・・嫌われ者のアイツの強さを見習おう。

食べ物が床に落ちただけで捨てる動物は人だけだろうが、そんなデリケートな人間が生物としてはか弱い。

カラダに何が良かろう悪かろうと、色々議論したところで、目指す究極は「なんでも食えるカラダ」やっぱりこれが最強。

それは野生的な力強さだ。人間の捨てたゴミを貪り食うカラスやネズミ、ゴキブリのような強さとも言えるかもしれない。
雑菌だらけの環境でもしぶとく生きる奴ら。ゴキブリは、人間が開発した殺虫剤が数年で効かなくなる種もいるという。私たちはテクノロジーと引き換えにそんな逞しい生命力を失ってしまった。

誤解しないでもらいたいのは、食生活に気を遣うことを全否定したい訳じゃない。365日カップラーメンだけ食べてたら、そりゃー健康を害するだろう。このゴキブリ健康論を、ただの怠惰の言い訳には使ってもらいたいくはない。そんな人は、もう少しカラダをいたわるべきだと思う。人によっては、負担に耐えられる許容量(引き算の幅)が少ない人もいる。年を取れば、排出機能も衰えてくるからだ。

ただ、健康を考える上で「食」以上に大切なことはたくさんあるよということ。「体に取り入れるもの」だけにフォーカスして多角性やバランスを欠いてしまうことには警笛を鳴らしたい。これは人それぞれの体質によっても個人差があるものだからこそ、画一的な情報ばかりを優先させずに、もっと自分のカラダが発している声に常に耳を傾けるという習慣が何よりも大切だ。

今、自分のカラダはどんな食事を欲しているのか、カラダに聞いて判断してみよう。塩分を欲しているのかもしれないし、水分が足りてないのかもしれない。そもそも食事ではなく、カラダを動かしたがっているのかもしれない。

若いうちは、たまには無理しすぎて下痢しちゃったり、体調を崩すなんて経験もおおいにしてみればいいんだ。そうやってカラダは強くなるし、自分の限界ラインや経験値が体感レベルで蓄積されていく。たまには、あえて意図的にカラダに負担となるものを食べてやろう!くらいの遊び心と余裕を持っていると心身ともにバランスを崩しにくい。そうした事も含めて、カラダとの対話なのだ。

風邪の効用

体調を壊すことは悪いことだという思い込みも偏見だ。風邪をひいて熱が出るのも、人体が正常に活動してくれている証拠。顔に吹き出物ができるのも、カラダが状況把握して適切な排出処理をしてくれてることに感謝しよう。こうしてバランスを取ることができないと毒素が蓄積してしまったり、体内に腫瘍という吹き出物を作ってしまうこともある。

たまに「俺は、もう何十年も風邪をひいてない。」ということを自慢げに語る人がいるが、そんな人に限ってある日急に大病を患ったりするもの。風邪をひいてないから凄いのではない、ひくべき時にはちゃんと風邪をひけるカラダであることのほうが大切だ。そうやってバランスを崩すことも秩序の一部として、体調不良にも身を委ねる器量を持ち、カラダのメッセージとして素直に受け取ればいい。

健康マニアほど病気になるという矛盾。

(引用:映画『ファイティング・タイガー』公式facebook

適度な運動、こだわりの天然食材、規則正しい生活・・・ありとあらゆる健康法を実践した人が急に重い病気にかかってしまうなんて話、よくあります。

以前、ハリウッド俳優のキアヌ・リーブスがSNSに投稿したこんなコトバが話題になった。

「僕の友人の母親は、生涯ずっと健康的な食事に気を使って生きてきた。酒はもちろん、いわゆる『身体に悪い』とされる食べ物は全く食べなかったし、毎日運動だってしていた。よく動いて活発な生活を送っていたよ。医師から勧められたサプリメントは絶対に欠かさなかったし、外出する時も日焼け止めを塗って、日光の下にいるのは最小限にしていた。

とにかく、彼女が他の誰よりも健康に気を使ってこれまで生きてきたことは間違いない。だけど、今年76歳になった彼女は、いま皮膚がんと骨髄がん、そして骨粗しょう症に侵されているんだ。

ちなみにその友人の父親はというと、ベーコンやバターが大好きで、もう油ギトギトの食事ばかりだった。運動しているところなんて見たことが無いし、毎年夏になればこんがりと日焼けしていたよ。彼は周りからの忠告よりも、今この瞬間を全力で楽しむ、といったタイプの人間なんだ。そんな彼は今年81歳、医師からはまるで若者のような体力だと驚かれていた。

実際、今の世の中には過剰に健康に気を使う風潮があるように感じる。自分の行為が身体に悪いかどうかばかりを気にする人はたくさんいるよね。でもそんな人たちには、ぜひその友人の母親の言葉を届けてあげたい。まだ存命ではあるけれど病に侵されつつある彼女は、こう言っていたよ。『もし自分の人生がこのような結末を迎えるのだと若い時に知っていたら、周りの意見なんか耳を貸さずに自分のやりたいことをやりたいだけやっていたはずだわ!』ってね。

みんないつか死ぬんだ。だから、未来の自分を想像して焦るようなことはやめたほうがいい。美味しいものをたくさん食べよう。太陽の光の下を歩こう。海にだって飛び込めばいい。自分の気持ちに正直に生きるんだ。バカになろう。そして人に優しく。変人と思われるような生き方を生きよう。だって僕たちに残された時間は無限じゃないんだから」

(引用:INDIA TODAY © 2021 Living Media India Limited. For reprint rights: Syndications Today

こうした一見矛盾した出来事の数々は、摂取した食物による物質的な作用というものが、あくまでも「一つの側面」に過ぎないということを示している。人間のカラダは、「栄養素の足し算引き算」で計れるような単純な構造でなど成り立ってはいない。

「口から入るものでカラダは作られる」という嘘。

よく、健康食品なんかの営業マンが使う、お決まりの健康セールストーク三段論法がある。

1「人間のカラダは、口から入れたもの(栄養素)で作られているよね?」

2「だから、良いものを食べるべきだよね?」

3「そこで!うちのサプリメントはこんな成分が・・・それによってこんな効果が・・・」

もっともらしく聞こえるが、まずこの1つ目の問い「人のカラダは口から入ったもので作られる」は半分正解で、半分間違いである。 確かに、カラダは食事によって作られるという部分も含むが、摂取したもので100%決まるわけじゃない。

もし仮に私とあなたが、全く同じ食事を、全く同じ量、同じ期間続けたとしても、さらに同じ運動をしたとしても、同じカラダにはならないというのが不思議な人体の真実だ。

二重スリットなど量子力学の実験を見てもわかる通り、あらゆる物理現象は、目に見える情報だけを計算して説明がつくものではない。「口から入ってくるもの」以上に「口から出るもの」=他者に対する言動、その奥で放たれる本人の観測者効果こそが、時空形成の要因として大きく影響している。

この時空(宇宙)は、自分が吐いた想念と同じ周波数(回転数)の空間現象。
それは、よく巷で聞く脳科学で説明がつくようなレベルの引き寄せ法則にとどまるものではない。

『他者』を通して

『社会』を通して

『自然』を通して

『人体』を通して

同期並行計算された運命(自因自果)として咲いた花(結果)を、鏡のように体験し、自分の撒いた種(原因)からくる縁起、その基となった想念を調和させる大切さを学ぶ仕組みとして働く回転原理。

わたしたちは、他人はダマせても、自分の想いはダマせない。
暴力で、肉体は破壊できても、想いまでは壊せない。

たった一人のぬくもりや許しの想いが
たった一人の見下しやけなしの念が
一人一人の『調和』か『分離』いずれかの方向への運命をつくり
時代や社会、惑星までも超えて運んでいく。

あなたは『今ここ』を
どんな想いで見ていますか?

参照:Facebook  

個人的な意見や思惑など超えた時空レベルで壮大に積み重なる縁起。その糸が織りなす人間ドラマ。時間。空間。因縁果。食べるもの以上に、向き合うべきこと、学ぶべきことはたくさんあるよね。

ちなみにボディボイス理論では、病気が引き起こされる目には見えない原因について考察しているので一読してもらいたい。

現代の「誤った健康観」を正していこう。

そもそも人間にとって、人生にとって「健康的」とは何なのだろう?
はっきり言って、現代の健康観というのは「(自分だけは)一秒でも長く生きたい。老いたくない。」そんな利己的な自己保存欲求からくる恐怖心から作られる。延命第一の思想。自分よがりの命乞い。そもそもこのゴール設定がズレてることに気付こう。健康産業では、この心理を巧みに利用して企業が商品を販売している。
もちろん、病気をせずに長生きしたいという気持ちは誰しもあるものだが「長く生きること」が真の目的ではなかったはずだ。

しかし、最先端のバイオテクノロジーは、死からの逃避を続けている。情報技術との融合によって永遠の命までも手に入れたいという、人間の愚かな欲望があらわになってきた。

病・老・死を恐れて回避しようとする事以上に大切なことに目を向けられる強さ(優しさ)がなければ、健やかに生きる道は見出せない。健康とは、決して長寿命を目指すことではない。最高の死に方〜メメント・モリ〜に向かって、今を生きることだ。

個人の抱える問題から、人類全体の課題まで・・・無数の悪因が複雑に絡み合っている現代。もはや何を食べていようが関係なく、皆刻々と害されていく淀んだ世界。7000年続いてきたこの戦争経済の構造を学ばずして、健康論なんて語れねぇ。

戦争経済(せんそうけいざい)

我々が普段使ったり預けたりするお金の行方は最後はどう足掻こうと庶民には取引が全く見えない軍事戦争と金融戦争という世界最強二大既得権益コンテンツに吸い上げられる経済システムの総称

参照:宇宙海賊団専用辞書

「響社長が治療家をやめ、教育者となった訳。」宇宙海賊ラヂオ#335

 

まとめ

・いいかげんな情報をばらまいてる企業多数。
・だからといって、疑心暗鬼になって情報収集&批評したところで・・・
・むしろ、その偏見とストレスが一番カラダに害悪。
・情報よりも、自分のカラダの声に耳を傾け察知力を養おう。
・健康的な食材にこだわり過ぎることで、抵抗力や排出機能が衰えてしまう。
・食に固執することで、失われる時間や人との関係性があることも忘れないで。
・食だけでなく経済、社会という広い視野で健康とは何かを捉え直そう。すべて一人では作れない。
・寿命を延ばすことが人生のゴールではない。
・栄養素よりも人間存在にもっと関心を持とう。
・だからこそ何でも食える人のほうが有利。ゴキブリパイセン見習おう。
・お白湯は手軽で金もかからんのでいいよ。
・多角的に踏まえてバランス(中庸)を取ること。あえて、たまには悪いものも食べるくらいの余白を持つことが、この星では心身の健康を維持しやすい。

まぁ、他にも書きたい事は色々あるが、ざっくりまとめるとこんな感じ。そして、これらを踏まえた上で、現代人のカラダに大切なのは「下腹重心」だと2039.jpでは説いている訳だが、その心は下にあるバナーから無料体験講座をチェックしてもらえればということで、いったん筆を置くことにする。

 

化学調味料を 喰らいながらだっていい

誰かの忘れられない記憶を紡げ

 

モンサントの農薬を 喰らいながらも

誰かを想って 命を燃やせ

 

僕たちは

この戦争経済という 腐敗した檻の中

地を這い 息を潜め 生きるドブネズミ

死をも恐れず 時代を繋ごう

泥にまみれた

美しきドブネズミたちよ