夕日を見て「汚ねえッ!!」と感じる人間はこの世にいない理由。王陽明の『致良知』とエイリアンの教え。 | 青春エイリアンズ商店日記

夕日を見て「汚ねえッ!!」と感じる人間はこの世にいない理由。王陽明の『致良知』とエイリアンの教え。

ねえ、突然だけどさ・・・

「朝日と夕日、どっちが好き?」

↑この質問なら、とくになんの違和感もないね。

(ちなみに当局は夕日派だよ)

それに対して・・・

「ねえねえ、朝日と夕日、どっちが汚いと思う?」

……と、聞かれたら、どうだろう?

我が耳を疑うのではないだろうか?

当局だったら、相手の人格まで疑ってしまうかも。

「こいつ、マジ何言ってんの???」

という顔になる。瞬時に。

つまり何が言いたいか、というと・・・

 

個人の価値基準を超えた「秩序=自然の法則」がある!

世の中には、個人の価値基準などとは関係なく良いものはイイっ!!

と、割と全人類が「満場一致で感じるもの」がある!ということである。

具体的には・・・

朝日

夕日

川の音

波の音

焚き火の音

フカフカのお布団

もふもふの羽毛

夜空にかがやく星々

赤ちゃんの肌

などなどかな。

これって、けっこう大事なことなんだ。

ここが狂っていると、それはもう文字通りの「狂人」というか・・・

なかなかカオスな人生展開になっちゃうんじゃないのかい?というラインがある。

このラインを踏み越えると、もはや人間生活に支障をきたすぞ?というラインだね。

この線引きに関しては、「わたしの価値観」とか「ぼくの美的センス」とか以前の問題なんだ。

そもそも人知を超えたところで、ヒトが人になるずっと前から、この世界を秩序立ててきたものなんだ。

それは裏を返せば・・・、

そこに戻ればいつでも、「元気さ」「明るさ」「健康」といった人が生きるのに必要な当たり前の秩序回復=チャージできる!!!ということでもある。

朝日、夕日、川の音、波の音、焚き火の音、フカフカのお布団、もふもふの羽毛、赤ちゃんの肌・・・

これらに触れた時、わたしたちが問答無用に「美」や「安らぎ」や「善良さ」を感じるのはなぜだろうか?

 

陽明学の祖『王陽明』が語る『致良知』とは?

それに答えを出した偉大なる思想家がいる。

それが王陽明だ。

今から500年程前に活躍した王陽明は、高級官僚であり、儒学者であり、将軍でもあった。

偉大過ぎる彼は、その功績もさることながら、体を張って辛苦を乗り越えてきた超苦労人であり実践者でもある。

ここら辺は語り始めると30記事くらい書けてしまうので省略するが、彼が起こした実践法に『致良知』なるものがある。

致良知(ちりょうち)は、中国の明代に王守仁(王陽明)がおこした学問である陽明学の実践法の一つ。

人間は、生まれたときから心と体(理)は一体であり、心があとから付け加わったものではない。その心が私欲により曇っていなければ、心の本来のあり方が理と合致する。王守仁は、実践に当たって私欲により曇っていない心の本体である良知を推し進めればよいと主張した。

(引用元:『致良知』©フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

一読しただけでは難しいと感じるかもしれない。

要は、『私の心』なんかの前に、人が本来美しい、守りたいものってあるよね。ってことだ。

そのあり方は、江戸時代の日本にも持ち込まれ、あの吉田松陰や西郷隆盛に引き継がれ実践されたという。

そんな『致良知』。実はエイリアンも似たようなことをメモとして残しているのだ・・・・・・

 

エイリアンはその答えを知っている

それは、わたしたちもまた、これら「善良さの結晶」だからなんだよ、と、エイリアンは言う。

・・・ただし、それは『人体に限る』らしいのだけれどね。

 

基本的善良さまたは内的秩序

ヘッドホン女子v1

基本的善良さとは…

森羅万象における自然の摂理を意味し、そこには善悪で捉える【善さ】ではなく普遍的肯定という圧倒的な善良さが、森羅万象の根底には大河のように流れているという概念である。

例えば朝日を見上げると気持ち善くなるのは、真逆の夕日を見届けると気持ち悪くなるからだろうか?

また水辺の川の音が心地善いのは、真逆の焚き火が燃える音がうるさい騒音だからだろうか?

違うはずである。

散歩が気持ち善いのはその真逆に歩かずに、布団で寝てる時が気持ち悪いからだろうか?

違うはずである。

このように相対するものに一切依存せずに発祥してるマルフトティフェレトそしてケテルの中心感覚を貫く、ある種のユニバーサルな美的感性を、ユニバーサルデザイン

つまり森羅万象のフォームを整える内的秩序=基本的善良さとも、青春エイリアンズでは教わり天行健とも表現される意味合いでもある。

そしてこの基本的善良さが最も詰まった現象こそ五臓六腑なる上虚下実の人体の形成であり、人体端末理論における重心論を支持する母体となる呼吸の叡智でもある。

左肉対2

ゆえに基本的善良さとは、悪い事を心配するあまりに善い事を信じたり期待したり、また悪い状況を変えるために善き方法を探したりする意味での『善き事』では全くない。

むしろそういった脳内振り子現象とは全く無縁な峻厳なる自然界の無の活動法とも言える【国破れて山河ありφ自我破れて人体あり】の有機物や無機物を繋ぐ目耳鼻口では捉えられぬ内なる秩序である。

人体の中に宇宙

よって基本的善良さとは下腹重心となった触覚にのみ受け取れるある種の安心立命であり安堵でもある…

いざここにこそ平常心の球体観あり。

八咫之助先生の宇宙-min

引用元:青春エイリアンズ辞書基本的善良さまたは内的秩序より極秘公開

わたしから言えることは、当局が追うエイリアンが語る「人体」は……

わたしたち地球の常識のはるか先にあるということなんだ。

たとえばわたしたちは、

「なぜ生まれたのか?」

「死んだらどうなるのか?」

といった、本来なら人生の根幹にかかわるテーマについて、日常でほとんど気にすることがないよね。

しかし、エイリアンは違う。

エイリアンは、それらの答えを持っている。

だからこそ、遥か古代からそれらの「生命の叡智」を地球の民たちに教えてきたというのだ。

(実は前述の王陽明もエイリアンの転生者かもしれないね。)

夕日を汚いと感じる人間がいないように、

夜空にまたたく星々をみて、そこに「安らぎ」「善良さ」を感じない人間もいないはず。

そして、その輝く星々のあいだに住む、美しき人類について思いを馳せることもまた、人間の自然の性なのだと、当局は思うんだ。

もし君が、あの夜空のムコウに……

なぜか”なつかしさ”を感じるのならば……

キミが胸の奥底でずっと昔に求めていながら、いつのまにか封印してしまった「知りたかったこと」「解決したかったこと」。

その『答え』は、きっとこの先にあるんじゃないかな?

残念ながら、当局が案内できるのはここまでなんだけど、この先に、君が求めていたものがきっとあるはずだよ。

そしてそれは、ここからはじまる長いキミの冒険のはじまりになるだろう。

あとはキミ自身の目と耳で、味わってみよう。

勇気を出して。キミはキミ自身の道をゆくんだ。

応援してるよ!