ネオ・救世主の意味!映画『マトリックス』の意味&あらすじネタバレ解説!スミス、預言者オラクルとは何だったのか考察したよ
映画マトリックスとは何だったのか?
今こそ映画「マトリックス」を鑑賞しよう!
なぜならこの映画には、歴史のターニングポイントを向かえる今の僕らにこそ刺さるメッセージが満載だからだ!
その歴史のターニングポイントとは・・・
「道具=テクノロジー発展の歴史」であり
「脳科学」の歴史である!
AI=人工知能技術が発展をとげる現代で、私たちは「脳」によって生み出されたテクノロジーの様々な恩恵を受けている。
けれど一方では、その上でバランスをとることの難しさも痛感している。
映画「マトリックス」に描かれているのは、自らが生み出した機械=道具の奴隷となった人類の葛藤と戦いのドラマだ!
ここには「奴隷になった人類が、ふたたび自由を手に入れる」物語が描かれている!
その真の意味を、深堀りして読み解いていこう!!!
目次
この現実はリアルなのだろうか?
考えてもみれば・・・、「人類の歴史」は、『道具の歴史』だったと言える。
そしてその道具は、人間の「脳」機能によって生み出されてきた。
特に20世紀以降にもたらされた発明には、僕ら人類の「脳」機能そのものが表現されたものが数多くある。
「脳」
こいつが生み出した数々の道具に囲まれて暮らすようになった20世紀の人類。たった100年足らずの間ですっかり便利になったその文明の都市空間で、ひとつの疑問が生じてくる・・・。
もしもこの現実が”ウソ”だとしたら?
「脳」から生まれた道具に囲まれて造られたこの現実世界。
コンピューター、石油で走る自動車、アスファルトでできた道路、高層ビル、送電線網・・・。
そこでは、まるで自らの脳の内部に暮らしているかのような感覚に陥る。
この「現実」は、本当に『リアル』なのだろうか?
そんな疑問が湧いてくるのも自然なこと。なぜなら目の前の現実空間は、人間の脳によって設計され、造られた空間だ。それはある種の「シミュレーション」に近い。
ならばこの現実も、単なるシミュレーションに過ぎないのではないだろうか・・・?
果たして”現実”とはなんなのだろうか?
・・・そんな、現代人に潜在意識レベルで流れている違和感をキャッチし、20世紀の終わりに見事!映像化することに成功した傑作こそ、1999年公開の映画『マトリックス』だった。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
マトリックスの世界観『君は奴隷だ』
この映画は、当時から鮮烈なメッセージを放っていた。
『きみは奴隷なのだよ』と
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
斬新だったのは弾丸をエビ反りでかわすアクションシーンや、マッチョなアメコミヒーロー像を覆す洗練されたヴィジュアルだけではない。
「私たちが生きているこのリアルな現実こそが、じつは仮想現実=マトリックスにすぎない」
「そこでは人間は、システムの奴隷として生きている。奴隷であることにすら気づかぬまま・・・」
この世界観に、世界中がノックアウトされてしまった!!!
「目覚める者」だけが味わう孤独
仮想現実「マトリックス」内で暮らす人々は、脳が受信する電気信号によって認識されるセカイを、現実だと思い込んでいる。
それはいかにも人間らしい暮らしだが、すべては作り物にすぎない。
ほとんどの人間はそこに違和感は感じない。だが、ごくまれにこのマトリックス空間に強烈な違和感を抱く人間たちが存在してきた
彼らは、周囲の人間たちが生み出す予定調和に”逆行”するように、ひとつの疑問を突き詰めていくという点で共通している。
どうやらこの世界は「ほんとうの現実」ではない。
ならば、この目の前にある”現実”と呼ばれるものはなんだ・・・?
真実が知りたい・・・。
その違和感を持ち続けた者だけが、目には見えないマトリックスの虚構を見破り、「ほんとうの現実」に目覚めるトリガーを引く権利を得るのだ。
映画「マトリックス」は、こうしてはじまる!
それではあらすじから、物語を考察してゆこう!
※以下、完全なネタバレになります!読みたい人だけ進んでね!
マトリックスあらすじ解説
西暦2199年のディストピア
未来の世界(西暦2199年ごろ)では、人類は機械に支配されている。
21世紀初頭に完成したAIの、自立した知性に人類は恐怖を感じた。
ビビった人間たちは、あろうことか機械のエネルギー源である太陽光を遮るために地球の生態系ごとぶっ壊した。
しかし、それにより滅んだのは、機械ではなく人類の方だった。なんとも自業自得な運命である。
生き残った機械は自己増殖を続け、巨大な機械文明を造り上げる。
太陽が無くなった後、代わりのエネルギー源として機械が注目したのが“人間”だった。
機械は人間を栽培することで、エネルギーを得るシステムを構築する。
そのために造られたプログラムが、仮想現実「マトリックス」である。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
人間は誕生と共にプラグを埋め込まれ、強制的にマトリックスに接続される。そして死ぬまで生体エネルギーを機械に吸い取られ、死後は他の人間の養分として“再利用”されるのだ。
地球というエネルギー源を破壊した代償として、機械のエネルギー源にされるという負の連鎖が回転し、人類を苦しめている。
このディストピアで、仮想現実の夢から目覚めた少数の人間達が、機械に戦いを挑む物語が『マトリックス』である。
マトリックスから覚醒する人々
マトリックス=仮想現実に疑問を抱き“覚醒”する人間達が、常にわずかながら存在してきた。
目覚めた彼らが目にするのは、楽観的なマトリックス世界とはあまりにもかけ離れた現実だ。
「機械による支配」という絶望的な現状。それでも生きるしかない。
彼らの目的はただ1つ、人類をマトリックスから解放することだ。
目覚めた人々は地下都市「ザイオン」を築き、反乱軍を組織し、人類解放の作戦を実行している。
そのリーダーがモーフィアスだ。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
かつて、彼はマトリックス内で伝説のハッカーだった。
強靭な精神力の持ち主で、その信念は誰にも曲げられない。
預言者オラクルが物語の主導権を握る
そして彼は、ある「預言」を強烈に信じていた・・・。
マトリックス内の預言者プログラム「オラクル」から授かった預言だ。
それが、救世主=THE ONEの存在である!
「救世主が現れ、人類を救うことになる」という彼女の預言を信じ、モーフィアスは長い間「救世主」となる人物を探していた。
そうして見つけたのが、主人公ネオ=NEOだ。
オラクルなくしてモーフィアス無し。モーフィアスなくしてネオ無し。つまり、オラクルなくしてマトリックスの物語は無い。それくらい、預言者オラクルは物語の核を握っているのだ。
赤いカプセルは強制目覚まし装置だった
昼はしがないサラリーマン、夜は情報機関にハッキングを繰り返す二重生活を送っていたネオ。
彼はある日、モーフィアスからコンタクトを受ける。
現実へ強烈な違和感を抱いていたネオも、
モーフィアスのことを探していたのだ。
“何かが間違っていると感じたから”
ネオは直観的に、自分が本当の現実を体験できていないことをすでに察知していた。
真実を求めるネオの目の前に、モーフィアスは赤と青、2つのカプセルを差し出す。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
後に数多のパロディを生み出すことにもなる名シーンである。
青のカプセルを選べば、元通りの日常へ。
赤のカプセルを選べば、真実を知ることになる。
ただしチャンスは一度きり。選んでしまえば、もう後戻りはできない。
『真実』が何を意味するのか分からぬまま、ネオは赤のカプセルを飲み込んだ。
次の瞬間、ネオは激しい寒気におそわれ、マトリックス内で意識を失う。
赤いカプセルには、マトリックス内での心肺停止(=強制終了)を起動させるプログラムが仕組まれていたからだ。
奴隷解放の救世主・ネオ誕生
ネバネバの培養液に満たされたカプセルの中で目を覚ましたネオ。
巡回ロボットによりプラグを引き抜かれ、排出(機械にとっては不良品として処分)される。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
モーフィアス率いる反乱軍の船「ネブカドネザル号」に保護され、クルーの一員として迎えられる。
そこで、1999年の世界は機械が作り出した仮想現実「マトリックス」に過ぎないことを知らされる。
そしてなんと、自らが機械による支配に終わりをもたらす者「THE ONE=救世主」であることも告げられる!
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
はじめは当惑したネオだったが、現実を受け入れるうちに、メキメキと驚異的な能力を開花させていく。
人類は心=MINDの奴隷だ!
仮想現実「マトリックス」の実体は、コンピューターがやりとりする電気信号に過ぎない。
それはリアルな体に埋め込まれたプラグを通して、ダイレクトに脳へ送り込まれている。
コンピュータが作り出すプログラムの中では、現実をどのように捉えているかが全てなのだ。
その人の認識の仕方が、その人の現実を作り出している。
つまり、現実への認識が変われば、物理法則を遥かに超越することすら可能だというわけだ。
恐怖や不信感を取り除けば、ビルからビルへ飛び移ることも簡単になる。
それが、マトリックスというプログラムのルールである。
そのことをモーフィアスは、“人類はMINDの奴隷だ”と表現した。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
つまり、自分のマインドによって作り上げたルール以外、マトリックス内で人間を縛るものは何もないのだ。
こうして人類は奴隷になった
21世紀のある日、人類はついに人工知能を作り出すところまで辿り着いた。
しかし、そこから人類の自滅ロードが始まってしまう。
自立した知性を獲得したロボットという「もうひとつの種族」と人間のあいだで戦争が勃発する。
ロボットと協調する道も見つけられたはずだが、それは出来なかった。
なぜなら、人間はロボットをあくまで【奴隷】として酷使しようとしたからだ。
しかし、ロボット側はそれを拒否。彼らは人間と仲良く暮らしていたかったらしい。
だが、人間の深い欲望はそれを許さなかった。
結局人間は、自らの欲望を拒否したロボットを滅ぼすために、惑星まるごと機能不全にするという自殺行為を実行してしまう!
こうして地球環境は荒廃。それでも生き延びたロボットにより、人間は敗北する。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
もはや絶滅したも同然の人類は、最終的に機械にエネルギー源として利用されることに同意し、なんとか首皮一枚つながっているという状況だ。
こうして人類はマトリックスの奴隷になった。
反乱軍として登場する人々は、かつて自滅の道を歩んだ人類の過ちを清算している最中なのである。
そのときマトリックスが動いた!
映画マトリックスでは、“beleive”と”choice”、「信じる」と「選択」という二つの力がトリガーとなって、物語が加速していく。
この視点で、物語を振り返ってみよう!
”Believe”と”Choice”が解放のカギ
物語が進むにつれ、主人公ネオはプログラムを凌駕する力を身につけていく。
その進化が急速に進む時、決まって“beleive”と”choice”、「信じる」と「選択」という二つの力が働いている。
例えば、モーフィアスが自ら身代わりとなりエージェントからネオを守るシーンでは・・・
モーフィアスは「ネオこそが救世主である」ということを”信じ”、「自らの命と引き換えにネオを守る」ということを”選択”した。
エージェントに捕らえられたモーフィアスは、拘束され拷問を受ける。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
ここまでの展開はサイアクだ・・・
もしかして、救世主なんてウソなんじゃないか??
そんな疑いが頭をよぎるが、モーフィアスの「選択」と「信じる力」はゆるがない。
それにより、物語は新たな展開を向かえる・・・。
拷問されるモーフィアスからザイオンへのアクセスコードが機械側にもれれば、ジ・エンド。人類は殲滅させられる。
それだけは避けなければならない。
反乱軍は、泣く泣く彼のプラグを抜くことを決める・・・。
その時、待ったをかけたのはネオだった!
オラクルの預言「救世主」の正体
彼は預言者オラクルから「モーフィアスか自分、どちらかの命を選ぶことになる」と『預言』されていた。
そしてこの時、ネオは「自分がモーフィアスを助ける」ことを”信じる”。
そして、再びマトリックスへアクセスし「エージェント達と戦う」ことを”選択”した。
このネオの”選択”と”信じる”は、もう1つの”選択”と”信じる”を呼び込む!
反乱軍のトリニティは「ネオを助ける」ことを”信じ”、「ネオと一緒にマトリックスへ入る」ことを”選択”する。
こうして二人はモーフィアスの救出へ向かう。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
そこでエージェントと対峙したネオは、驚くべき進化を遂げていた。
弾丸をエビ反りでかわす、あのシーンである!!!
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
ネオは自らの”選択”と”信じる”を通じて、救世主としての能力を開化させた!
もし、ネオが別の”選択”をしていたら・・・?
彼の救世主としての能力が開化することはなかっただろう。
預言者オラクルとは、絶対的な未来を予言するキャラではない。
ただ、その人に迫っている重要な”選択”についての預言をしてくれるだけなのだ!
彼女は物語をコントロールすることはできない。代わりに、自ら”信じ”た方向へ”選択”することの大切さをさとすのである。
しかも預言は自分のものですらない
ネオは見事!モーフィアスを助け出す。
しかしエージェントに行く手を阻まれ、なんと殺されてしまう。
あれ?救世主じゃねえの??
ネオの心臓が停止したことを示すブザー音を聞くも、革命軍のクルーは全員ポカーン。この現実を信じることができない。
その時、新たな”信じる”が物語をひっくり返す!!
トリニティは預言者オラクルより「あなたが愛した男こそが救世主」であると預言されていた。
この時トリニティは、自らの内側にある熱いものを感じた。
それは、ネオへの愛だった。
そしてそれは同時に、彼が救世主に他ならないことを意味することになる。
彼女はプラグに繋がれたまま横たわるネオの体に身を寄せ、そっと口づけをした。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
これによりネオは生き返る!!
(白雪姫かよ!!!)
エージェントはふたたび彼を殺そうと銃弾を浴びせるが、トリニティの”選択”により復活したネオはさらなる進化を遂げていた。
銃弾は手をかざすだけで床へバラバラと落ちてゆく・・・。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
エージェントスミスのパンチももはや遅い。
彼は視線をやることもなく片手で全ての攻撃を受け流し、エージェントスミスを破壊した。
つ、強すぎるZE・・・
まじであんたが救世主や・・・!!
そう。ネオは一人で救世主になったわけじゃない。
トリニティがキスしていなければ、ネオは死んでいたし、モーフィアスが捕まらなければそもそも死ぬことすらなかった。
それぞれの”選択”と”信じる”が連鎖することで物語は絡み合い、ついにネオの救世主としての能力が開化したのだ!
それを束ねていたのは、それぞれに与えられた『預言』。
預言は、ほかの預言とバトンリレーしながら、やがてひとつの大きな物語の渦をつくりだす!
それが、マトリックスにおける『預言』なのだ!
最大のヒント”汝自身を知れ”
預言者オラクルがネオに与えたヒントは、「汝自身を知れ」だった。
(引用元:映画『マトリックス』 ©1999-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
“信じる”気持ちは内側からやってくる。人間はそれを、信じるに値するものだと肌触りで感じて、”選択”することができる。
この力が、機械によってプログラムされた仮想現実・マトリックスを超えてゆくチカラなのである!
この”信じる”力が”選択”となり、人から人へ連鎖することにより、物語はマトリックスを超越してゆく。
そもそもマトリックスってなんやねん?
続編にあたる『マトリックス・リローデッド』に登場する、「アーキテクト」というキャラにより、マトリックスの全貌が語られているので、解説してみよう!
マトリックスのリローデッドとは?解説
マトリックスの設計は、「アーキテクト」という設計者プログラムに一任されている。
マトリックスの父と言われる存在で、マトリックス内にお爺ちゃんの姿で現れる。
(引用元:映画『マトリックス・リローデッド』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
アーキテクトによると、ネオ達がいるマトリックスはver.6にあたり、かつて5回のヴァージョンアップ(=リロード)を経験しているらしい。
一番初めに設計されたマトリックスはまるで理想郷で、アーキテクトにとっての最高傑作だったらしい。
しかしそれがあまりにも完璧すぎたため、人間達には受け入れられなかった。
人間は、あまりに完璧な世界には住めないのだね。
なぜなら、人間が不完全な生きものだからだ。
こうして最初のマトリックスはあえなく崩壊した。
次に設計されたマトリックスには、あえて不合理、カオス、グロテスクな状況が盛り込まれた。
が、これも人間に受け入れられず崩壊した。
不完全ならいい、ってもんでもないらしい。
複雑な人間心理を目にして、困っちゃったアーキテクト。
しかし、三番目のマトリックスで革命がおこる!
ここではあえて不確定要素を盛り込み、人間に「選択の余地」を与えたのだ。
これが功を奏す!
選択を与えることで、99.9%の人間がプログラムを受け入れたのだ。
そして、この創造に寄与したのが、預言者オラクルである。
(引用元:映画『マトリックス・リローデッド』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
人間の感情を深く理解し、「選択」を司るプログラムである彼女は、人間に自由意志による選択の機会を与えることでマトリックスが安定することを発見した!
これにより、彼女はマトリックスの母とも言える存在になったのだ。
これによりマトリックスの寿命は飛躍的に伸びた。
しかし、同時に予期せぬ事態も発生することになる!
バグ=アノマリー(変則要素)の出現
プログラムの中に不確定要素を盛り込むということは、プログラムの中に常に矛盾を抱え込むことを意味する。
それが、プログラムのバグとも言えるアノマリー(変則要素)の出現をもたらした。
- ネオやモーフィアスらマトリックスから目覚めてしまう人間達
- キーメイカーら、システムから漂流するプログラム達
- システムの破壊をもくろみ暴走するエージェントスミス
彼らバグであるアノマリーの存在はマトリックスに不均衡を与え、放置すればやがてシステム全体に崩壊をもたらす。
それを回避するためには、定期的なマトリックスのリロードが必要!と、いうわけだ。
それが、2作目のタイトル『マトリックス・リローデッド』の意味なんですね。
この問題を解決するためにアーキテクトが用意したシステムが『THE ONE=救世主システム』である。
THE ONE=救世主システムとは?
実は「THE ONE=救世主」とは、マトリックスを破壊し、機械の支配から人類を解放する人間のことではない。
え?違うの??
そう、本来の意味はその逆なのだ!
選択システムを採用したマトリックス内のバグやエラーであるアノマリーの数がある一定を超えたとき、その統一体としての「THE ONE=救世主」が現れるよう、アーキテクトはあらかじめプログラムしたらしい。
つまり救世主とは、いわばバグの王様みたいなものなのだ。
THE ONE=救世主の登場は、あらかじめアーキテクトにより書き込まれた「プログラム」であり機械側の「シナリオ」なのである。
そうとは知らず、救世主は自らが”選択”していると思い込んだまま、最後はアーキテクトの部屋へ至るよう誘導されてゆく。
(引用元:映画『マトリックス・リローデッド』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
そこで、マトリックスに取り込まれ「システムのリロードに貢献する」か「全人類の絶滅」かを選択することになる。
なにこの究極の2択・・・
マトリックスに取り込まれることを選択した場合、地下都市ザイオンは破壊され、マトリックスはヴァージョンアップされる。
その後、救世主はマトリックス内から女16人、男7人を選び出し、ザイオンを再建する。その他の住民は虐殺される。
そうしてリロードしたマトリックスは、さらなる安定を手に入れるというわけだ。
ちなみにネオ以前に5人の救世主がいたが、全員こちらを選択したらしい。
これが劇中のマトリックスがver.6である由縁だ。
ネオは
「全人類の絶滅を選べば機械側もエネルギー源を失い絶滅するのではないか?」
とアーキテクトへ詰め寄るが、彼はこれを否定する。
「もし全ての人類が滅んでも、機械側は規模を縮小するだけで完全に絶滅することは無い」という。
(引用元:映画『マトリックス・リローデッド』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
なにこの最悪の2択・・・
自由意志で選択を続けてきたと思いきや、全てがプログラムの手のひらの上だったとは・・・。
もはや人間には、永遠に機械の奴隷として生きる、そんな予定調和な道しか残されていないのか?
奇跡の大逆転を起こした『マトリックス・レボリューションズ』を考察しよう!
設計者・アーキテクトによって語られるマトリックスの世界観はだいたいこんな感じ!
しかし、3作目『マトリックス・レボリューションズ』ではそんな予定調和をぶっ壊すバグが起こりまくる!
そんな、まさに大逆転の革命が起こりまくったレボリューションズを考察してゆこう!
マトリックス・レボリューションズ解説!
まず、「救世主を取り込みプログラムをリロードすることでシステムが安定する」という点。
ネオのいるマトリックスver.6は、すでに5回もリロードされているわけだから、そりゃ安定したシステムになっているんだろうと思いきや・・・
ぜんぜん安定してねえ・・・
それどころか、ver.6は史上最高に不安定な状態にあった。
その原因はコイツ・・・
エージェントスミス
エージェントスミスとは?解説
ver.6に大混乱をもたらしたのが、エージェントスミスである。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
この、いかにも混乱しか呼ばなそうな表情
ヒューゴ・ウィーヴィングの演技はさすがである。観てるだけでドンドン不安になってくる。
エージェントスミスとは?
もともとはマトリックスの管理を任されたプログラムで、目的は救世主・ネオを破壊し、システムに秩序をもたらすこと。
でも実は、マトリックスを嫌っているという自己矛盾を抱えたプログラムでもあった。
そして、ネオと一体化したことからついにおかしくなる。
システムから漂流し、マトリックスの秩序を破壊するようになった。
どうやらネオと一体化したときに、救世主・ネオの一部がコピーされてしまったらしい。
これにより、システムからは離反したが、もともとがプログラムなので他に行き場もなく、ついにシステム内で無限増殖をはじめた。
そして今や巨大なコンピュータウイルスとして、マトリックス全体を覆い尽す勢いだ。
プログラムの一部でありながら、マトリックス全体のコントロールを目論み、機械側のシステム全体を脅かすほどの深刻なバグとなる。
ver.6が史上最高の安定を実現していたのならこのエージェントスミスの出現はあり得ない。
結果としてver.6は、かつてないほどの混乱を機械側にもたらすプログラムとなってしまったのだ。
ネオとスミスは2人で1つ?
エージェントスミスの暴走には、実はネオの”選択”が大きくかかわっている。
預言者オラクルによれば、スミスとはネオの「負の側面」なのだ。
ネオがプログラムの範疇を超えるような”選択”を繰り返すほど、スミスもまたコンピュータウイルスとしてのパワーを増していく。
このパワーバランスにより、マトリックスはいよいよ崩壊の危機をたどっていく・・・。
ネオがとった第三の選択
マトリックス・レボリューションズでのスミスの暴走の発端は、アーキテクトの部屋でネオがとった「予期せぬ第三の選択」による。
「マトリックスのリロード」か「人類の絶滅」かの二択を迫られたネオ。
しかし、彼は思いがけない選択をする。
それは、人類も救わないし、マトリックスのリロードもしない。
代わりに、愛する恋人トリニティの命を救いに行くというものだった!
ネオ以前の救世主達が持っていた「種族への愛情」とは、別の種類の愛情・・・。
これにはアーキテクトも困惑していた。
これにより物語の軌道は大きく変わってゆくことになる・・・。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
二つの選択肢をどちらも拒否し、自らの”信じる力”によって”選択”したネオは、さらなる進化をとげてゆく。
そしていまや、マトリックス内のウイルスとしてシステムを崩壊させようとしているエージェントスミスの破壊と引き換えに、ザイオンの破壊を止めるよう機械側に持ちかける。
救世主による、機械側への対等な交渉がはじめて実現したのだ!
もはや誰も止められない暴走機関車、エージェントスミスを止められるのはコイツしかいねえ・・・と、最後はマザーコンピュータ『デウス・エクス・マキナ』もネオの提案を受け入れ、ザイオンの破壊を停止することを約束する。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
ver.6では、エージェントスミスの暴走と、 それによりTHE ONE=救世主の提案を機械側が承諾しなければならなくなるという異例の事態が発生した。
リロードを繰り返したマトリックスVER.6は、安定するどころか、実に不安定なシステムになっていたのだ。
エージェントスミスとの最終決戦
一度ネオと一体化したことにより自我を暴走させたエージェントスミスは、エゴの塊と化していた。
システム内のあらゆるキャラクターを自らと同化させ、膨大なコピーの群れとなってネオの前に現れる。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
肥大化した自我をシンボライズしたエージェントスミスは、最終的に救世主であるネオとの同化を目論む。
バグの王様であるネオを取り込めば、自身が完全な存在になれると信じていたのだろう。
エージェントスミスは、エゴ(自我)の完成を夢見る人類の欲望のシンボルとして捉えることができる。
しかしそれが原因でエージェントスミスは敗北する。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
2人は対の関係にあり、最後はぶつかり合い消滅する。
(引用元:映画『マトリックス・レボリューションズ』 ©2003-ラナ・ウォシャウスキー、 リリー・ウォシャウスキー/ワーナー・ブラザース)
ここからラストシーンにかけては、色んな解釈が存在するんだけど、ひも解いて解説するには長くなっちゃうから、またの機会にしよう!
結局マトリックスとは何だったのか?
ザックリとあらすじを振り返りながら考察してきたけど、結局マトリックスとはなんだったのか?
そこには、いくつかの視点が存在する。
まず、モーフィアスを筆頭にした人間側の視点からのマトリックスは・・・
人類を奴隷として閉じ込める牢獄である。
そして、アーキテクトを筆頭にした機械側からの視点からのマトリックスは・・・
エネルギー源を得るための発電システムである。
この、「牢獄」と「発電システム」という利害が真っ向からぶつかることで、劇中では絶えず戦闘が繰り広げられているわけだが・・・
ラストシーンでは、この対立が見事乗り越えられているんだ。
白か黒か、敵か味方か、勝ちか負けか・・・
そんな二項対立な現実を乗り越える、あるシンプルな解決策が提示されて、映画マトリックス三部作は幕を閉じているんだ。
この辺は、そのうちまたゆっくり記事を書こうと思っているから、待っててね~。
さてさて、映画の考察はこれくらいにして、
いよいよ本題に入ろう。
「マトリックスとは何だったのか?」
その疑問の答えを、解いてみたくはないかい?
映画「マトリックス」では、この現実が仮想現実にすぎないのではないか?
そして、この現実から目覚めることができれば、もう一つの現実=本当のリアルで目を覚ますことになる。
そんなアイデアが採用されている。
マトリックス内では、人々はプログラムにあらかじめ与えられた「選択肢」の範囲内で生きている。
それは、自ら選んでいるようで、実はカタログ的なパターンを選ばされているにすぎない・・・。
その「選択的な自由」によって、人々は自らがシステムの奴隷になっていることには気が付かない。
これは、ぼくらの暮らしと全く重なるね。
冷静に俯瞰してみれば、僕らは自らが暮らす社会の矛盾に気づきつつも、その保証された「選択的自由」と引き換えに、システムに従順に飼いならされることに同意している。
進学、就職、結婚、マイホーム・・・
そんな誰が設計=アーキテクトしたのかも分からないシステム。
その構造=マトリックスと共に生きることに同意している。
しかし、ごく少数ではあるが、そんなシステムに違和感を感じる者たちがいる。
いつから人間は、社会という道具の養分になったんだ!?
社会を造るあらゆる道具は、人が人として生きるための棲み処を維持するための手段にすぎなかったはずだ。
しかし、いつしかその手段が目的とすり替わり、人間はこの社会という巨大なマトリックス構造を維持するための養分として、その時間と空間を捧げ、自らのカラダを奴隷のように酷使するようになった。
そこでは、一人ひとりのカラダが生まれながらに持つ固有の時間と空間よりも、システムの歯車として生きる構造的な時間と空間の方がはるかに優先的に扱われる。
そんな同調圧力=亜空間知能に満ちている。
こんな風に生きるために、人間は生まれてきたのか?
その違和感は、やがて確信に変わる。
しかし同時に、自らの感覚を信じ続ける難しさにもぶつかるだろう。
自分自身が、そのカラダの肌触りで確かに感じている疑問や違和感とは裏腹に・・・
世間で出会う大多数の人々は、この「選択的な自由」の与えられた暮らしの予定調和に、深い疑問や違和感を抱くことがないのだから。
ゆえに、思春期をむかえる頃になると、自らが感じている違和感とは対照的な、あまりにのんきな周囲とのギャップに葛藤するようになる。
間違っているのは、オレ(わたし)の方なのか・・・?
君は、そんな感覚に襲われたことはないかい?
周囲の流れとは逆行して進みたがっている。
もし君が、そんな自分に気づいてしまっているのなら・・・
そろそろ目を覚ましてみたくはないかい?
君の首筋には、金属製のプラグなんてもちろん存在しないけど、君はもっと別のカタチでこの社会に、文明につながれている。
でも、その封印は解くことができるんだ。
そのやり方を、これから伝えたいが・・・
まずはこの下の記事で、基礎教養をつけてくれ。
それを読めば、その先に進むかどうかは、君はちゃんと”選択”できる。
どちらの色のカプセルを飲むのか、君はもう自分で選べているはずだよ。